ファーストフルアルバム発売しました!!

俺が生きた証を残したいと思い、要領の悪い子の僕が相当な時間と精神力を注ぎ込んでPresonus Studio One 2 Proを使ってやっとマスタリング終わって本日リリースしました!

子供の頃に行ったサボテン公演のおぼろげな記憶と攻撃的なトゲトゲしさをイメージしてCactus Parkとタイトルを決めました。

感無量で泣きそうです。( ;∀;)

試聴しながら僕の音楽変態歴を綴ったのでお時間がありましたらどうしてこんなに音楽バカになったかを読んでみてください(笑)

electrounin 1st full album : Cactus Park

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14歳からの略歴:

中2の時に吹奏楽部の部室でギターに初めて触りその楽しさに出会ってからかれこれ20年以上の時が過ぎました。色々な刺激的なジャンルの音楽を知り色々な影響を受け音楽の戦友達とバンドを学生時代はずっとしてました。

心の底から音楽が好きだからこれまで続けてきました。

決してモテたいからとか不純な動機で音楽を続けた訳ではありません(笑)

ギターに出会った頃はたまやRCサクセションから始まりBuck-Tick、X Japanを得て友人にウォークマンでMetallicaのride the lightningやOzzy OsbourneのMiracle manを学校で聴かせて貰って背中に電撃が走りました。僕の場合は本当に名曲に出会った時に背中に電撃の様なものが走ります。

さらなるその電撃を求めてMetallica、Ozzy Osbourneは音楽の戦友達と一通りコピーしパワーメタルやオルタナティブなどどんどん攻撃的な音を求めて最終的にはデスメタルのカバーまで辿り着きました。

当時は速弾きも相当練習しましたが、スウィープ奏法で有名なイングウェイを知った辺りから速弾きにもメタルのエッジの効いた重低音にも音色的に飽きてしまって色々とさまよいオリジナルのリフも書き溜めて行きました。ベンチャーズやディックデイルも弾きましたが弾いてて一番気持ちがいいのでこれからギターに挑戦する少年にはお薦めです。

大きいCD屋や楽器店など地元湘南の音楽シーンの震源地が当時は存在していて僕はそこでボアダムズ界隈の音楽に出会い、今考えるとその時が第2の転機だったと思います。

ちょうど大学受験を浪人して気分が暗い時期に親友と2人で狂ったオリジナル曲を作り始めました。

我が家で2人でラジオを録音してラジカセを2台使って暴力温泉芸者のようなことをしたり、

MPCを叩きながら2人でヘッドフォンを付けてマイク2台とでDJ-2000の内蔵のエフェクトとZOOMのマルチをマイク入力にかけて会話した時はお互い何を喋ってるのかわからずまるで笑いガスを浴びたかのように笑いが止まらなくてとても楽しい思い出でした。

その頃からバラバラギャルというバンドが始まりました。

そのバンドでのライブはギターソロの変わりにBOSS DD-3などを使ったノイズソロ的な感じでした。

その頃から「まだこの世にない新しくて刺激的な音を作りたい」という音に対する欲望(音欲)が増えてその延長線上でサンレコの「シンセはエフェクターだ!」という特集でKORGのMS-20というシンセサイザーを知り大学は制御工学という全く興味のない分野をそっちのけでシンセサイザーやMacで動くDAW(Digital Audio Warkstation)、音声処理やReaktorなどを独学で沢山学び知識や経験を身につけました。

そのバラバラギャルというバンドも軌道に乗り始め東京の有名なライブハウスで頻繁にライブをさせて頂くことになり、オムニバスのレコードにも参加し、RolandのVSシリーズのMTRを買ってあげるからアルバム出さないかというチャンスが到来したのですが、要領の良い他のメンバーはそろそろ就職活動をしたい&バブル崩壊で景気が悪化して僕は留年が決定したので大学を辞めて働きながら続けようと思ったのですが、親父と祖父母が古い考えで大反対されほとんど脅されながら大学行かされました。

僕が行っていた学部はほとんど学級崩壊してて授業の内容も聞き取れず教授もノルマ的にやっつけで教えている状態だったので全く身に付かず、就職氷河期で4年で新卒で就職したい奴はほとんどカンニングしてて要領良く卒業して行きましたが僕はそういう事は絶対したく無かったので他の学部のいい授業をうけて結局3留してやっと卒業出来ましたが、その学歴は現在のご時世では全く意味がありません。。

結局現在でも役に立っているのは独学で学んだ電子楽器やコンピューターの仕組みや全て音楽に関する知識と経験だけで現在でもMaxやAbletonなどの音楽に対する最新の知識を学び続けていますしどれだけ老いても学び続けたり教えたり、曲を作り、音欲を求めてシステムを考え続けるでしょう。

そんな音楽バカの人生だったのでもう燃え尽きるまで命懸けでやって行くでしょう。

ただその俺が生きた証を残したい思いでこのアルバム相当頑張って仕上げました。

頑張ったかいがあってコツがつかめた実感もあります。

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